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肩までふわふわの毛布を被ってわたしは一人で無機質な灰色をした天井を眺めていた。本来ならとっくに団服の真っ黒なコートに身を包んで食堂でご飯を食べている時間なのだけれど。朝陽がカーテンの向こう側でその光が有り余ったかのように細かな隙間から部屋の中へと差し込んでくる。新鮮味を帯びたその光色と反比例するかのようにわたしの気分は憂鬱だ。と、いうのもこの腹部の鈍い痛みが昨日からわたしを襲い続けている。ようやく半月の任務を終えた彼がこのホームへ戻ってくるというのに。この様じゃ合わせる顔も無い。無粋な彼はきっと呆れたように溜息を吐くに決まっている。絶対だ。それにこのようじゃどうも笑顔で彼を迎えに行ってあげられそうにも無い。久方ぶりだというのに。そう思うと余計に気持ちだけが落ちていってそれを吐き出したい気持ちでわたしは大きく溜息を吐いて毛布を頭まで引き上げた。どれくらいそうしていたんだろう。一向に起きて来ないわたしを心配してか誰かがドアを叩く音が聞こえる。控えめな響きからしてリナリーだろうか。それとも、などと頭で色々考えてはみたけれどどうもこの痛みじゃ起き上がる気にも返事すらする気にはなれない。少々の罪悪感を感じつつそのまま無視を決め込んだ。いつのまにかノックの音は止んで部屋の中は冷たい静寂につつまれる。余分なことを考えても仕方ないから寝てしまおう、と思うのだけれど痛みと会話する自分の身体は寝飽きてしまったようで一向に痛みからわたしを開放してくれない。泣きたくなるような思いにかられて身体を丸めると些か痛みが和らいだような気がした。そうやって痛みと同居しながら傾きかけた太陽が橙に部屋を染め上げるころ、鍵の開く音がしてドアが開いた。この部屋の鍵を持っているのはわたしと神田だけだからきっと彼だと思う。こんな様で合わせる顔無いなぁ、と心の奥底で呟きながら大きく身をよじって彼に背を向けた。「おい」いつも通りの不機嫌な声がシンと痛いほどの静寂に響く。何と反応していいかわからずに結局何も言わないでいると大きな彼のコートが頭に飛んできた。「仮にも病人になにすんのよ」両手で被されたコートの端を探りながら言うとベットのサイドに彼が腰掛けたようでギシッとスプリングの軋む音がした。「返事しなかったのはお前だろが」「そうだけど…ぉ」コートの下でじたばたともがいていたわたしの上からコートをどけつつわたしの肩を掴むと彼はそのままわたしの向きを彼の方へと変えた。必然的に彼の方を見る事になったわたしとしてはどうしようもなくバツが悪いような気がした。別にこれといって何か悪い事をした記憶もなければ、どうしてこんな気分になるのか自分が自分でわからない。ずっとこうして彼と会えるのを楽しみにしていたのに。沈黙を破ったのは予想外にも彼だった。「体調、悪いのかよ?」「…う ん 」予想外というものは時に一度に起こるようで彼の言葉にはやたら驚いた。神田が人の心配する台詞なんて今までに一度だって聞いた事があるだろうか?別にだからといっていつだって自分の事ばかり、というわけではないけれど。「ばかに…されると思った」思わず漏れた本音は小さな溜息とともに返された。やっぱり呆れてはいるようだった。それでも彼の見せる小さな気遣いはとてもありがたかったし心の中で小さく蝋燭が灯ったように芯から温まる心地だった。さっきまであれほど冷えていた身体なのに嘘のようだ。魔法みたいだな、と小さく漏れた笑みに彼の表情もいくらか緩んだようだった。行き場無く無造作に置かれていた手で髪を撫でられるととても心地が良かった。子供の頃母親にされたようなそれは、何の根拠も持たないけれどこれ以上無い安心感だった。だから、だろうか。「神田の…子供がほしいな」思わず口を付いて出たのは自分でも驚いてしまうような言葉だった。それは到底わたしたちの置かれた世界では満たされることなど無さそうな願いだった。祈りにも似た途方もない響きをしたその言葉に彼はやっぱり怪訝そうに眉を顰めた。わたしと同じようにきっと彼も驚いていたんだろうと思う。「はっ、そりゃまた途方もねぇ話だな」「あれ、否定しないんだ?」くすくすとわたしから漏れた笑みに彼はまたその綺麗な唇をへの字に曲げてしまった。無理もない。こういった類の話は彼が一番嫌うところだとわたしも知っている。だけど、そこまで彼のことを理解した上で、やっぱりわたしは神田の子供が欲しいな、と思った。「神田が仮定の話が嫌いなのはちゃんと知っているよ。でも、でもね。やっぱりわたしは神田との子供が欲しいなって思ってしまうの。」「そーかよ」「ソーデスヨ」「・・・きっとその世界に俺は、」不自然に途切れた言葉の続きは聴かなくてもわかった。わかってしまった。所詮わたしたちの生きている世界は一寸先には右も左はおろか足元すら見えない。そんな世界だ。だけどわたしはいつまでもこんなばかげた戦争に付き合ってやるつもりなど毛頭無い。「いつか、もしかしたら、の話だよ」「当たり前だ」「きっと、ね」「・・・取り敢えず早く治せ。でなきゃやれるもんもやれやしねぇ」約束などしない。不確定な未来に光も闇も見えはしない。けれど、小さな希望を持って生きてゆくことだけはこんなわたしたちでも赦されるといいな、と思った。何かを壊すしかできないわたしたちでも小さなものを創造できればいいな、と思った。不機嫌そうに吐き出されたその一言がきっとわたしの希望を繋ぐ唯一何よりも確かなものなのだ、と。ねぇ、神田。あなたは一体いつ気付くのかな。 ( きみとなら できるかな? ) D.gray-man [ Kanda ]